みんとのラバーバレエ - 第壱幕 - プロローグ 「隷嬢、藍沢みんと」 (1)

(1)

薄暗い小さな空間の中、全身をラバーで覆われた、少女がいた。
黒髪にシニヨンを結い、育ちの良さそうな顔立ちだったが、少女がしている事は、その育ち の良さそうな印象からは、大きくかけ離れていた。
床に座り込み、だらしなく股を大きく開いて、股間のファスナーを開いて指を入れていた。そ の指を動かす度に掠れるような喘ぎ声を上げ、しなやかで柔らかい躰をくねらせながら悶え、 蒼白い顔は汗に濡れた。上品そうな口元からは涎が溢れ、時折唇を舐め回す舌にはピアス が施され、 鼻にはリングを通されていた。首と四肢に填められた枷に繋がる鎖がじゃらつく音と同調するかの様に、甲高い、獣の様な、それでいて甘美な喘ぎ声を上げた。
絶頂を迎え、力が抜け、躰を横たえた少女の、その虚ろな瞳は覗き窓から覗いている好色 な眼差しを見つめ、涙を流した………。

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藍沢みんとの運命が大きく狂い始めたのは、一通の手紙からだった。
古いワープロで打たれた、素っ気ない手紙で、内容も、みんとの様なお嬢様のハートを掴む には、あまりにも野暮ったかった。しかし、問題は、その手紙が入れられていた場所にあった。 あろう事か、手紙はみんとが通うバレエスクールの、更衣室内の彼女のロッカーに、しかも、着 替えた下着に挟まれていたのだった。余りにも破廉恥かつ、ストーカーまがいな行為に、みん とは怒り心頭だった。幸い、周りの友達に、この事を知られてはいないので、初めての事でも あって、彼女は無視する事にし、手紙を破り捨ててしまった。
バレエのレッスンからの帰り道、みんとは誰かの尾行に気付いた。
(さては、あの人ね…)
彼女を着けていた不審者は、彼女に気付かれたのを察した時点で尾行を止め引き返した。 この時点で警察に駆け込むか、真っ直ぐ帰って家の者に知らせるかしたら、彼女は助かった かも知れない。ところが、彼女は、持ち前の気の強さとプライドの高さから、逆に尾行を始めて しまったのだった。
不審者は、とある古いオフィスビルに入っていった。風俗店の建ち並ぶ繁華街の雑居ビルと は違って、ごく普通の市街地のビルだった事もあって、みんとは何ら警戒もしなかった。不審者 がエレベーターに乗り込み、六階で降りた事を確認し、彼女も乗り込んだ。その時、みんとはお かしな事に気付いた。エレベーターの階数表示の所に、入室してるテナントの案内板があった のだが、地下から六階まで、全て空欄になっていた。
(変だわ。入っているテナントが無いのに、ビルが開いててエレベーターとかも動いてるなんて おかしい。外から見たら電気とかは点いてたみたいだけど…)
彼女が抱いた疑問に対する解答を見いだす暇もないまま、エレベーターは六階に到着した。 みんとは、そこで、さらなる異変に気付く。確かに、電気は通っていて、廊下の照明も点いてい るのだが、それぞれのドアの向こうに人がいて、仕事をしているという気配が全く無かった。
(おかしい! 何かがおかしいわ! オフィスビルなのに誰もいないなんて…)
みんとの疑問は、いつしか不安、恐怖へと変化していた。ドアは全て施錠されており、給湯 室もトイレも、使用されてる形跡が無かった。言い知れぬ不安を感じたみんとは、ここから立ち 去る事にしてエレベーターに向かった。ところが、エレベーターは止められていた。
(しまった! これは罠だわ !!)
そう、直感したみんとは、急ぎ足で階段を駆け下りた。だが、五階から地下までの階段は全 て防火シャッターが降ろされており、各階のフロアに出られない様になっていた。引き返し、階 段を上って行く途中、今度は上の方からシャッターが降りる音がした。
閉じこめられた。そう実感し、立ち止まって呆然とするみんとであったが、すぐさま、下の方 から鉄扉の開け閉めする音と、誰かが階段を上って来る足音が響いてきた。みんとはそこから 逃れるため、上へ向かおうとした。が、上からも足音が響いてきた。最早、立ち往生するだけだ った。上と下から迫り来る足音に恐怖するしか、みんとには残されていなかった。
彼女の恐怖がピークに達したのは、上下の足音の主が彼女の視界に入った時だった。背の 高い、がっしりとした逞しい体つきの青年二人だったが、その装いは余りにも異様だった。全身 を黒いラバースーツで包み、ゴム製のガスマスクを被ったその姿は、みんとの様な御嬢様育ち の少女には、おぞましい化け物にしか見えなかった。
ゆっくりと間を詰めてくるゴム男達。それに対し、みんとは恐怖の余りに声も出せず、後ずさ りするだけだった。みんとの躰がシャッターにぶつかる音が階段中に響く。その時、みんとの視 界に微かな希望の光が見えた。それはシャッター横の防火扉だった。これには鍵はかかって いなかった。
(これなら出られる!)
みんとはこれに全てを懸けて、男達よりも素早く防火扉に飛び付いた。
しかし、無情にも、扉の重さがみんとの一縷の望みをも断ち切った。それは彼女の今後の未 来をも断ち切ってしまった。その鉄扉は中学一年生、しかも人一倍身軽で華奢な少女が開け るには重すぎた。忽ち、ゴム男達に捕まり、もがき、悲鳴を上げたがクロロホルムを嗅がされ、 その場に崩れ落ちた。

(2002年12月)
© shiiya

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