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みんとが意識を取り戻した時、彼女の目に写った物は、四方をコンクリートで覆われた重々 しい空間と、先の二人を従えて目の前で自分を見下ろしているゴムマスクを被った紳士と、そして、ラバースーツを着せられていた自らの姿だった。黒いゴムのタイツとレオタードを着せら れ、深紅の合皮のコルセットを装着させられ、赤いゴムのシューズを履かされていた。手首、二の腕、足首、そして首にはそれぞれ枷が填められ、特に手首と足首は鎖が繋がれていた。 後ろ手に繋がれた手首を激しく揺さぶり、鎖を外そうとするのだが、外れる筈もなかった。足首 の方もばたつかせるのだが、同じだった。
「初めまして。藍沢みんとちゃん」
ゴムマスクの紳士は、彼女を、この様な目にあわせいてる者とは思えない程、穏やかで丁 寧な口調だった。しかし、みんとにしてみれば、相手がいかに紳士であろうとも、こんな恥ずかしい姿にして、こんな所に閉じこめているのだから、到底、淑やかな令嬢気取りでいられる筈も 無かった。お嬢様らしい品の良さは保ちつつも感情を高ぶらせ、目の前の男達を睨み付け、いつも以上のきつい口調で言い放った。
「貴方達! これは一体どういうつもりですの !? こんな事をして、私をどうするつもりですの !?」 みんとの物言いに対する、彼らの態度は驚く程謙虚な物だった。
「いやいや、いきなりこんな目に合わせて、申し訳ないと思っている」
その一言に、みんとも拍子抜けした。さらに彼は言葉を続けた。
「本当なら、君をよく調べてから、お招きするつもりだったのだが…、まさか、君が私の部下を 尾行て来るとは思わなくてね。こんな下衆な手段を取らせていただいた」
みんとは先程までの一部始終を思い出していた。
「ロッカーのお手紙も、貴方達の仕業ですわね」
「ロッカーの手紙 !? ロッカーの… !?」
「とぼけないでくださいな !! バレエ教室の私のロッカーの中に下品なお手紙が入れられてましたのよ !! 」
紳士は脇に控える二人に目を向けた。二人は俯くだけだった。
「お前達…、いくら何でも失礼だろう。例え、これから奴隷として調教する少女とは言え、レディ のロッカーにあんな手紙を入れるとは」
紳士が部下を窘める一方で、みんとは彼の一言に、我が耳を疑った。
「い…、今、何て… !? 」
みんとの問いかけに、紳士的かつ穏やかな口調は保ちつつも、彼は冷酷そうに答えた。
「君を私達の奴隷として、迎え入れる。その為に、調教を受けて頂く」
その一言に、みんとは戦慄を覚えたのだが、それを表に出さず、怒りに満ちた口調で彼らを 詰った。
「な、何をバカな事を仰るのっ !? 悪ふざけにも程がありますわっ !! 大体、何故、私が貴方達 の奴隷なんかに… !! 」
ゴムマスクの紳士は、彼女の罵りに怯むことなく、淡々と答えた。
「君の身柄は、我らの手中にあるのだよ。最早、君に一切の自由はないし、今の君の境遇に 対する不服を申し立てる権利もない。当然、我らにも君の疑問や不満に答える義務はない。敢 えて言えば、我々は、君の様な美しいお嬢さんをラバー奴隷として欲するが故に、君を拉致し た。それだけだよ。これは、まな板の上の魚がシェフに、我が身を切り刻まれる理由を問う事 が出来たとしても、シェフからは〈料理にする為〉としか答えられないのと同じだ」
みんとは絶句したが、やがて我に返り、言い放った。
「そ、そんな無茶苦茶な理由、誰が納得するものですか !! これは犯罪ですのよ !! こんな事をして、只で済むと思ってるの !? 」
ゴムマスクの紳士は落ち着きはらって、答えた。
「確かに、世間一般的に見たら、許されざる行為ではあるな。君の事が表沙汰になったら、我々は只では済まないだろうね。だが、もし、表沙汰にならなかったら…? 君はこのまま、奴隷になるだけだよ」
「さっきから気になってるんですけど、奴隷って、一体、何を…?」
「奴隷と言っても、別に力仕事をやらす訳じゃない。ただ、我々の様なラバー・フェティストに可愛がられるだけでいいんだよ」
「可愛がられるって…?」
紳士は、かなり細かく説明した。みんとがまだ○学一年である事に加え、お嬢様育ちである が故に、性的な事に関しては疎かったからだ。だが、それを理解した瞬間、みんとは顔を真っ赤にして恥ずかしがり、そして怒った。
「ふ、ふざけないでっ !! 私に、その様な事をして、只では済まなくてよ !! お父様が私を捜し出 して、直ぐにでも警察が駆けつけるわ。藍沢家の力を甘く見ない事ね」
挑発的な笑みさえ浮かべて、強がるみんとに対し、紳士は冷静だった。
「君の家自体の力は私にもわからんが、少なくとも今の君自身は、何の力もない、囚われの身 の一人の女の子に過ぎない。ここでは、外での御身分なんて、何の役にも立たないのだよ。そ れとも、君は外に、ここへの手掛かりらしき物でも、何か残してきたのかね?」
一瞬、みんとは動揺した。確かに、自分がこのビルに足を運んだ事など、誰にも告げていな いし、それどころか、ロッカーの手紙の一件すら誰も知らない。しかも、手紙は破り捨ててしまっている。この事を相手に悟られてはいけない。みんとは、そう思った。
「お生憎様。あの手紙、ある方に預けてましてね。私が二時間経っても帰らない時は、その手紙を持って警察に駆け込む様に、行ってありますの」
みんとは、やや、引きつりながら笑みを浮かべて言った。だが、その様なハッタリが通用する 相手ではなかった。動ずる事なく、紳士はみんとに腕時計を見せた。みんとの表情が曇った。 意識を失って、気が付くまで六時間が経過していたからだ。さらに、ポケットから、透明なビニールのシートに入った紙切れを出し、それを見せられた時、みんとは青ざめた。
「もし、二時間後に警察に手紙が渡っているのなら、君は今頃、無事に家に帰っている筈。もっとも、手紙はバレエスクールのゴミ袋の中から、こうして回収済みだがね」
みんとが意識を失っている間、衣服や荷物をチェックした所、手紙が無い事に気が付き、万が一の事を考え、バレエスクールに忍び込み、機械警備のセンサーを細工した上で物色し、手紙を捜し出したのだった。
(2002年12月)
© shiiya